「アントン・シラックという商人の話」(後)
2012.12.18 Tuesday
(前編: 「アントン・シラックという商人の話」(前) )
* * * * *
私は言った。
あんたはそんなことできないよ。
人に頭も下げられないし、草取り鎌も持ったことない。だいいち年で、足も腰も悪くて、寒いと痛風で歩けないじゃないか。
何イ。
できないし、しなくていい。それで体壊してぼろぼろになってくあんた、見たくない。
そんなこと言ったって、おれたちゃ一文無しなんだぞ。売れるものだって何にもねえ。
私がいる。
……。
私はあんたの売りものだ。いつもあんたが言ってるじゃないか。私は売れ残りだって。
生意気言ってんじゃねえ、売れ残り。てめえみてえな痩せっぽち、リンゴ一山にもなるもんか。
残念だけど、相場は分かる。あんたのおかげで私は、読み書きもできる、計算もできる。コショウ一箱と船賃くらいの金にはなれる。
……。だめだ。
だめじゃない。
うるせえ。
ほかに手があるか。
うるせえ、うるせえ、うるせえ! てめえに何が分かる、このちび、あほうの役立たず!
アントンは激昂して立ち上がり、私を床に殴り倒した。
めちゃくちゃに蹴られて殴られて、その後の事はよく覚えていない。
ばかやろう、ばかやろう。ちくしょう、このちび。ばかやろう。
アントンは、ずっとそんなことを喚いていた。泣きながら。
* * * * *
宿を追い出されるまでの数日。アントンは、ひとことも私と口を聞かなかった。
私の顔の腫れもひいた、最後の日。小さい荷物を抱えて宿を出ると、向かった先は港のそばの、人買いのくる闇市だった。
私は品定めされ、せりにかけられ、買い手が決まった。
買手の男はアントンにいくつか簡単な確認をして、書類を交わした。
この子の名前は。男が聞いた。
……カトン。ぶっきらぼうにアントンは答えた。
カトン・シラックだ。
私は顔を上げた。
アントンはもう背中を向けて歩き出していた。禿で猫背の後ろ姿が倉庫の角に消えるまで、一度も振り返らなかった。
(終)
* * * * *
私は言った。
あんたはそんなことできないよ。
人に頭も下げられないし、草取り鎌も持ったことない。だいいち年で、足も腰も悪くて、寒いと痛風で歩けないじゃないか。
何イ。
できないし、しなくていい。それで体壊してぼろぼろになってくあんた、見たくない。
そんなこと言ったって、おれたちゃ一文無しなんだぞ。売れるものだって何にもねえ。
私がいる。
……。
私はあんたの売りものだ。いつもあんたが言ってるじゃないか。私は売れ残りだって。
生意気言ってんじゃねえ、売れ残り。てめえみてえな痩せっぽち、リンゴ一山にもなるもんか。
残念だけど、相場は分かる。あんたのおかげで私は、読み書きもできる、計算もできる。コショウ一箱と船賃くらいの金にはなれる。
……。だめだ。
だめじゃない。
うるせえ。
ほかに手があるか。
うるせえ、うるせえ、うるせえ! てめえに何が分かる、このちび、あほうの役立たず!
アントンは激昂して立ち上がり、私を床に殴り倒した。
めちゃくちゃに蹴られて殴られて、その後の事はよく覚えていない。
ばかやろう、ばかやろう。ちくしょう、このちび。ばかやろう。
アントンは、ずっとそんなことを喚いていた。泣きながら。
* * * * *
宿を追い出されるまでの数日。アントンは、ひとことも私と口を聞かなかった。
私の顔の腫れもひいた、最後の日。小さい荷物を抱えて宿を出ると、向かった先は港のそばの、人買いのくる闇市だった。
私は品定めされ、せりにかけられ、買い手が決まった。
買手の男はアントンにいくつか簡単な確認をして、書類を交わした。
この子の名前は。男が聞いた。
……カトン。ぶっきらぼうにアントンは答えた。
カトン・シラックだ。
私は顔を上げた。
アントンはもう背中を向けて歩き出していた。禿で猫背の後ろ姿が倉庫の角に消えるまで、一度も振り返らなかった。
(終)